
犬
20071220-20080821

帰還。魚島というとこに行ってました。(20080821)
旅立つ、瀬戸内海の孤島へ!(20080819)
「諍い」をアップ。/朝起きてちせが隣に眠っている。そんな生活が二ヶ月半。私は他者とは暮らせないと思っていた。自分がわからないよ。たとえ別れる日が来るとしても、私はこの歳月を誇りに思うだろう。/猫が足指や顔、手指に噛み付いて朝の目覚め。なかなか悪くはないさ。(20080818)
希望のサイズ
今夏封切したアニメ映画『スカイ・クロラ』について、ここでは戦争という視点から触れてみたい。/鑑賞すればすぐに分かることだが、戦争の描かれ方が極めて「セカイ系」のそれだ。すなわち、漫画『最終兵器彼女』的なものとなっている。戦争の理由は作中で明らかにされることはなく、また、敵も具体的な像を伴うものではない。それは一九八〇年代辺りまでに描かれてきたような「正義のための戦争」ではない。登場人物はこの「運命付けられたかのような戦争」に従事する戦闘機パイロット、キルドレだ。/キルドレは大人になることはない。永遠に子供であることを宿命づけられている。もしもそこに死があるとするならば、それは端的に「戦死」のみだ。/我々はここで、主人公と上官(声・菊地凛子)が夜のレストランでワインを飲むシーンに今一度着目すべきだろう。菊地凛子が語る戦争の「不可避的な性質」について、我々はもう少し考える必要があるのではないか。菊地凛子の声が語るのは、以下のような、現代の若者を絡め取る「理論」である。/「平和のために戦争は必要だ。人類史上戦争が絶えたことはない。社会は、民衆は、戦争を求めている。戦場で、戦闘によってパイロットが死ぬ、それがメディアによって報道される。民衆はそのニュースを聞いて安心するのだ、『戦場はこのように悲惨だけれど、私が生きているこの場所はまだ平和だ』と。よって戦争は、平和を求める民衆が、社会が、必要としているのだ。」/ともすれば頷いてしまうような「理論」ではある。しかし実際には、この映画『スカイ・クロラ』は、民衆(キルドレではない一般の大人たち)がそのように安心するシーンを描くことはないし、何よりも死者を描かない。ここに菊地凛子の声が語る「戦争論」のまやかしがあるのではないか。そしてまた、この「理論」に多くの現代の若者が何の疑問も抱かずに共鳴しているのではないか、という私個人の一抹の不安が重く残る。現実としては、かの第二次世界大戦で、あるいはイラク・アフガニスタン侵略で、犠牲になった多くの一般民衆がいたはずではないのか。/たとえ撃墜されたぼろぼろの戦闘機を描いてはみせても、銀幕は死者たちの肉体を映し出さない。絶対的かつ不可避的な戦争及び敵と、絶えざる出撃、戦闘の中で悩むキルドレ。そこに自己を重ね合わせるのは自由だが、映画という非現実=フィクションと現実を取り違えてはならない。/現実の戦争には、見えづらいながらも確固とした理由があるのであり、その根拠のもとに戦争は計画的に遂行される。兵士には悩むことは許されない。敵を殺しても自分が殺されても、血は迸るのである。/「セカイ系」の描き出す「戦争」とは、結局は机上の綺麗事に過ぎないのではないか。私は、それを否定する。戦闘機がいくらカッコよかろうとも、私はげんなりしていた。私が見たいのは生の屍である。そこからのみ本当に反映(リフレクト)する、若い希望のサイズだ。/現実はまだまだ閉塞してはいない。否、決して閉塞するものではないだろう。フィクションにもなお、そして今だからこそ、さらなる有機的なリアリティが求められている。我々の希望は何も始まってはいないのだ。(20080816)

猫を飼い始めた。(20080815)

引っ越しました。高層階で風が吹き抜けて、この夏もちょっとは涼しいです。(20080731)

京都に帰って来た。やはり暑い。内陸の盆地独特の夏だ。仕事で車を運転しているが、乗り始めは冷房をつけても送風口から熱風が吹き出してくるのだ。腕が日に焼ける。(20080723)

ちせママのクルマを借りて、ちせと茅ヶ崎の海へ。水着を持って来ればよかったな、と少し思う。ガストのドリンクバーは馴染みだ。免許を取り立てのちせの運転は、青いトラックにぶつかりそうだった。(20080719)
ふたたび、ちせの実家へ。微熱とともにこだま号で揺られていた。(20080718)
(20080705)
八柳李花、現代詩手帖投稿欄に2度目の掲載。「10℃」に、掲載作品と、落選作品もアップしておきました。/森悠紀から、励ましてんだか叱ってんだかわからないけど、こわいメールが…!私の方が、一応先輩なんやけどなあ…。こわい…。私はネットカフェでまこちんの伝説の作品「1」を、ゆーちゅーぶで視聴している、どうせ時代遅れの変態なんです。(20080629)
何でか、ずっとほったらかしにしてたわー、このサイト。別に他でブログとかもやってるわけじゃないんで、特に何も起こらない、平静な生活を送っていたのです。水面下でいつも小さな事件は多発してたんだけども。/一人の人間を物理的に救うことさえ出来ない、貧弱な私にとって、詩を書くなどというエラそうなことをやっていていいのかと、この2ヶ月くらいは悩んでいます。書こうとか、今ノートに向かえば書けるとか、そんな時間をぼーっとやり過ごして、ぐだぐだと、ちまちまと、生きています。冴えない。何も書きたくない。(20080623)
八柳李花、現代詩手帖投稿欄に初掲載。「10℃」に作品をアップしました。ついでに未発表作も。/大阪のネットカフェにいる。安いのに設備が充実している。やっぱり都会だなあ。メロンシャーベットを食べ過ぎてお腹を壊しそう…。(20080525)
祖母が死んだ。もう当分浜松には行かないだろう。(20080520)

エンゲージリング。ティファニー。「僕」の大好きなシルバー。♪(20080509)

再び流れ橋へ。ポストセカイ系へのささやかな試み。朝、ちせの、トーストをもぐもぐしている姿と、コーヒーを啜っている私と。(20080507)

「ノルウェイの森」の続編を凄い速度で生きているのさ、と言ったら、妹は「調子に乗ってるね」と嘲笑したけれど。運命ってないのかな。ちせ=ミドリと私は、お互い本当に好きなんだけどな(メーデーに婚約しました…)。私はいつ、旅客機のBGMで泣くのだろう。直子が生きててよかった。自分が分からない。ちせが好きだ。既にセカイ系になっている。これ以上の失恋はしたくない。ちせは何も分からないまま、私のふところに飛び込んできた(本人は分かってるつもりだけど)。好きだよ。この不安定な状態。両親と妹がちせに会ってくれて嬉しかった。祖母が末期癌で死にかけているこの時期。だんだん他者の死に慣れていく二十代だった。ちせの母親と私はウマが合った(と私は思っている)。今日、一人で京都に帰ります。GWなんて関係なく、明日から仕事がある。この一ヶ月を京都で生き延びたことを、誰かに褒めて欲しかった。だけど誰も褒めてはくれなくて。社会なんてそんなもの。何もなかったみたいに、私も平然と、顔を上げて生きてゆかねば。(20080504)

ちせが私の実家に来る。両親と妹に会う。猫と犬にも会う(遭う)。/夜、ちせを自宅に緑色のクルマで送ると、帰り道に迷ってしまった。(20080503)
レイモンド・チャンドラー「大いなる眠り」。/ちせと帰省する。ちせの実家に泊まる。ちせの母親に会う。(20080502)
八柳李花非公式応援サイト「10℃」開設。文月悠光に継ぐ、私の発掘した新人である。彼女はどんな成長を見せてくれるだろう。最終兵器的存在だ。(20080430)
私はルーズでアバウトで、どうしようもなくテキトウな人間です。だけど自分の使命は分かっているつもりだし、運命に気付くことだってできる、たぶん。他人に説明するのが下手だから、みんな困惑してしまうんだ。タイミングとかね。直せるものならとっくに直してます。十年かけて、人生を賭けて、伝えてきたつもりだよ。→父さん、母さん。(20080429)
自分の人生には、たぶんハッピーエンドなんてない。あるのは束の間の休息くらい。もっとアグレッシブに、と祈り、かつ、行う。私は詩人ではない。(20080422)
恋人が自殺未遂をして、別れることになった。突然の終わり。人生の計画がすべてチャラになる。/若い才能に触れる。/何かから逃げるために、ボーリング場に通っていた。(20080415)
散文作品をすべて削除。(20080319)
「リビング」、「今泳いでいる海と帰るべき川」をアップ。(20080307)

城陽の同僚の畑で、白菜、葱、丸大根を収穫。小雪がちらついたりもしたが、暖かい日。(20080305)
「熊」をアップ。/特急くろしおに乗って、京都・伏見に帰ってきた。明日も有休を取っているので週末まで休み続きである。何をして過ごそうか。周囲にはいろいろなやっかいごとが横たわっているけれど、やっぱり私はぼーとしている感じがする。ぎりぎりのところで奮起する情熱が欲しい。私が失いつつある若さだろうか。(20080228)

旅が終わろうとしている。配達の車に便乗して山を下りる。今朝は2回卵取りをした。(20080228)
今日は昨日と打って変わって晴天。卵取りを手伝う。鶏が3000羽以上いて、一日4回卵を取るとのこと。友人に豚の飼育場と畑も案内してもらった。この地方は山が険しく、そのため、急勾配の斜面にきれいな段々畑が広がっている。法蓮草が育っていた。友人は、他人の畑から蜜柑をもいで食べていた。/午後になるとやはり雪がちらついてきた。私はまだ卵取りをするつもりが、昼寝を始めた友人にそそのかされるように寝てしまった。起きると5時半(爆)。眠っている私を起こさなかった友人の優しさだろうか…。何の夢を見ていたのか私は、ウィリアムテル序曲を口ずさみながら目覚めたのだ。友人は、出荷する鶏を詰めに出ている。/こうして世間から離れていると(携帯が圏外なのは私で、友人の携帯は使えるのだが)、京都に戻るのが面倒くさい。日々の生活が面倒くさい。だがここにも生活はあるのであって、ここで働いている人たちには、ここが生活のフィールドなのだ。結局、私がストレンジャー(旅人)であることからくる感傷に過ぎない。京都に戻れば、明日から、都市民として私はぐんぐん働き、場末の立ち飲み酒屋で酒をあおるだろう。しかし重要なことは、今、ここ、和歌山県にいても、飲んでいる私の不甲斐なさか。10リットルめの発泡酒を空ける。/法蓮草ライスカレー風、大根と人参と白菜の温野菜withマヨネーズ、大根の醤油スープ。(20080227)

休日の友人の受診に付き添って山を下りる。阪和道脇の餃子屋でランチ。その後、標高800m余の生石(おいし)高原へ。ひどい天候で、道には厚い残雪があり、我々は登山を諦めた。「しいたけランド」という看板を掲げた廃屋の前の自販機で、温かい缶コーヒーを買った。帰宅後、友人は昼寝。結局私も眠ってしまったのだが。/東京の西さんから、藤井貞和さんの「言葉と戦争」が日本詩人クラブ詩界賞を受賞した旨のメール。いろいろなことは考えつつも、まあ嬉しいのか。私には直接的な関係はないけれども。「誰が戦争を止められるだろうか」!!/大根と蒟蒻と豚肉の煮付け、白菜と人参の炒り卵、蕪の味噌汁。(20080226)
大江健三郎「セヴンティーン」。/朝早起きをしたものの(6時)、友人はまだ眠っていて、私は何をしようか。農場の人たちが階下でごそごそやっている。/考えてみたら、職場での年一回の旅行と、帰省とを別にすれば、私が個人的に旅行するのは3年半ぶりだった。暇がなかったわけじゃないけど、生来の引きこもり症と、やはり友達が少ないのかな。/作品のページから、けっこうたくさんの詩を削除しました。あと、短歌のページにはアクセスできないようにしました。(20080226)
倉橋由美子「パルタイ」。/和歌山県の友人の家に遊びに来た。すごい山奥である。写真をアップしたいけど携帯が圏外…。三日くらいすごそうかな。農場。/さみしいと思うのはさみしいからである。さみしくなければさみしいとは思わない。鯖の味噌煮、玉子焼き、法蓮草のお浸し、白菜の塩漬け。明日は友人のクリニック。/1960年代の新左翼出身者、あるいはその周辺出身の誰もが、人生を生き難いながらも真面目に生きている。私もまた誠実に生きたい。(20080225)
「冬が終わろうとしていた」をアップ。/サイトのデザインをちょこちょこいじりました。自己紹介のページとか作ったし。/文藝春秋から、「文學界」の稿料が振り込まれていた。あまりの高さに、ATMの前で声を上げそうになった。やっぱ小説誌は凄い!(20080220)
村上春樹「東京奇譚集」。(20080219)
「ノスタルジー・ノート」をアップ。(20080218)

「冬の休暇の終わり」を削除。「二月」をアップ。/百万円の現金を抱えて午前0時に寝袋で眠りに就いたモルツは帰ったようだった。メモ用紙に置き手紙があった。しんしんとする寒さに窓を開けると、霙のような雪が降っていた。閉店セールの電器屋に、メモリースティックと電球を、ホームセンターにボックスティッシュを買いに出かける。傘に積もる重たい雪だ。土曜日に誰とも話をしない。携帯にメールが来ていて、イルミネーションが緑色に光っていた。(20080209)
「冬の休暇の終わり」をアップ。/後輩が、三島由紀夫の「金閣寺」を読んだ、と話していた。「それってどんな話なの?」「お坊さんが、金閣を燃やしちゃうんですよ。すごく面白いです」なるほど、面白そうだ。(20080108)

誰が酔い潰れたかは内緒。翌朝は引地川の橋で、カモメに餌をやっていた。(20080106)
今日は、東京の友人たちを私の実家に呼び寄せて、一泊かけて新年会をする。私は、母のする準備にあまり参加しなかったので、居場所がない。来てくれるのは、手塚敦史、西浩孝、森悠紀、渡邊直樹の各氏。あんまり相互に繋がりのない彼らと飲んで、何が起きるのだろうか。私は内心愉しみだ。/私は彼等を駅まで車で迎えに行った後、一番に酔いつぶれてやろうと思っている。(20080104)
1230、仕事後帰省。/1231は、東京在住の、大学の寮時代の先輩と朝から会っていた。町田で、どこの喫茶店にもビールが置いていないので、チェーン店の牛丼屋に入り、ビールだけを頼み牛丼は一切頼まない。その後、開店時間を待ってファミレスでパスタwithビール。話が弾んで、これから江ノ島に行こうよ、ということになり、小田急線で江ノ島へ。寒風が強く、風に押し戻されながら江ノ島への橋をよちよち歩く。江ノ島の参道横で貝の串焼きとまたビールを購入。喫茶店でほっこりできたのはよかった。ストーブが暖かい。そこでアイスコーヒー、ぜんざいを喫しながら話しているうちに、鎌倉まで足を延ばそうか、ということに。(海に面した窓から鎌倉の海岸線が見えていたのだ。)私は、江ノ電に乗るのはどれくらいぶりだろう。鎌倉高校前あたりで海岸すれすれを走っていて面白い。そんなのを見ながら、途中コンビニでまた買った発泡酒を空けていた。小町通りをぶらぶらして、鶴岡八幡宮に着くも、階段が…。飲みすぎてしんどかった私は、「私は無神論者です。」などとわけの分からないことを言って、階段下で座っている。そうすると先輩も座っている。日が暮れてきていた。風が寒かった。「どこか食堂に入ろうか。」若宮大路、小町通りをうろつくも、安そうな店がない。結局回転寿司に入ったのだが、皿の色ごとに料金が異なるシステムに恐怖して、私たちは一番安い赤い皿にしか手を伸ばせないのだった。それにしても、ビール及び発泡酒を、一日で3Lは飲んだのではなかろうか。帰宅すると、酔いから来るだるさで横たわっていた。(20080101)

「未明」をアップ。/Dionysosの例会で、久しぶりに百万遍のマックに行ったら、店内が改装されていて、すごく居辛い感じになっていた。いまどきな感じで、お洒落なのかな…?しかしついていけんわ。/「文學界」3月号に巻頭詩を載せてもらえることになったので、みなさま立ち読みよろしく。(20071220)